教育研究所

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1.所長より......更新しました

白梅学園大学学長の汐見稔幸さんは、ちょっとショッキング(?)なことを語っておられます。

“ずっと言えず(言わず)に来ましたが、そろそろ言ってもいいかなと思っていることがあります。 私は本音では、教育という営みがあまり好きではないということ、その延長で、教育学、特に学校で教え るということを対象とした教育学という学問もあまり好きではないということです。”     (子どもと保育総合研究所編『子どもを「人間としてみる」ということ』 ミネルヴァ書房、2013年、251頁)

実をいうと、私自身も、「教育」という言葉はあまり好きではありません。 『教育展望』誌の編集部から、「わたしはなぜ教育の道を志したか」というコラムに書くように頼まれたのですが、 そのコラムの冒頭で、“私自身、「教育の道を志した」ことは一度もない”と言ってしまいました。
(『教育展望』2015年9月号、46〜47頁)。

同コラムにありますように、私は高校時代からずっと(今にいたるまで)、「人間とは何か」を考え続けており、 人間が、ほんとうに「人間らしくある」ということの探求に心血を注いできたしだいで、その結果、(気がついたら) 「教育」という世界にどっぷりつかっていた、というわけです。私は別のところで、 「子どもを『教える対象としてみない』ということ」というコラムも書いています。
(『発達』138号、2014年4月、ミネルヴァ書房、2〜9頁)。

そんな「教育」嫌いの人間が「教育研究所」の所長などを務めているとはどういうことか、と問い詰められてしまうかもしれません。
しかし、私としては、以下のことを伝えることが私の所長としての役割だと信じているのです。

@子どもを「教える対象としてみない」ということ、
Aどんな子どもでも、「人間らしくありたい」と願っており、そのための支援を求めているということ、
Bそのために、私たちは(「教師」であるよりもまず)「ひとりの人間として」子どもの前に立ち、「人間らしくありたい」子どもの訴えを聴き、それに全力で応えること、
Cそれを通して(否、それを通してのみ)、私たちは「ほんとうの人間になる」ということ。    

   
2.教育研究所の様子など

◇ 入所式

◇ 教育研究所での研修

◇ 教育研究所を目指す方々へ

◇ 教育研究所への招待

◇ 平成30年度 教育研究所 研修員募集案内・募集要綱更新しました

◇ 研修員テーマ一覧

◇29年度(第69期生 研究発表会の様子

◇ 1年次(第70期)中間報告会

◇ 2年次(第69期)中間報告会

◇ 1年次(第70期)最終報告会

3.研究発表会

 学校現場への研究成果の還元のため、研修員は研究所での1年目、および現場での2年目の実践研究を3年目に県下4地区で発表しています。
 29年度は、第69期研修員による研究発表会を実施しました。。

        日   時       会   場
第1回・北 信   6月10日(土) 9:20〜12:25 長野市立 柳原小学校
第2回・中 信  6月17日(土) 9:20〜12:25 塩尻市立 桔梗小学校
第3回・南 信  6月24日(土) 9:20〜12:25 諏訪市立 豊田小学校
第4回・東 信  7月 8日(土) 9:20〜12:25 小諸市立 坂の上小学校

平成29年度 研究発表会のご案内

教育研究所研究紀要佐伯所長巻頭言

平成24年度 第17巻  □平成25年度 第18巻  □平成26年度 第19巻  □平成27年度 第20巻平成28年度 第21巻  

平成29年度 研究発表会 実施報告 

平成29年度 研究発表会 佐伯所長挨拶 
北  信(6/10)  □中 信(6/17)  □南 信(6/24)  □東  信(7/8) 

4.教育研究所の目的と運営方針(平成28年4月改訂)

信濃教育会教育研究所は昭和22年(1947年)に、民間の教育職能団体である信濃教育会によって、現職教育と教育実践研究を目的とする研究所として創設された。
昭和25年に発表された「教育研究所の性格と任務」では、「教育の刷新並びに充実」が研究所の目的として記されている。
「刷新」とは、戦後教育改革における教育の刷新を意味し、戦時において国策にしたがい皇国教育にあたった過去への反省が込められており、教師の広い視野、識見が求められていた。
「充実」とは教育実践の充実、深化であり、戦時下である昭和18年に、研究所に先立って創設された長野県独自の内地留学制度が、留学生の学問、教養の修得を目的としていたのに対して、
研究が教育現場の実際に即し、「具体的実践的性格」をもつものであることが期待され、その研究は教育会を構成する教育会員に対して責任を負うものであり、研究の成果を現場に返していくことが期待されていた。
創設以来、70年目を迎え、教育界の変動の中で、以上の目的を受け継ぎつつ運営にあたってきている。
以下では、現行の運営方針の骨子をあげることにしたい。

 (1)教育研究所は、現職教育の場であり、実践の充実・深化と広い視野・識見を養うことを目的とする。
 (2)研究テーマは、研究所が今日的教育動向や教育課題・学校現場の実態やニーズを受けとめて決定し、運営委員会等での検討をへて改訂をおこなう。
 (3)研究は実践に即した事例研究を中心とし、実践の「振り返り」と「学び合い」を重視している。これまでの実践の歩み・現在の実践を振り返り、それに基づいて研修員・所員との共同の「学び合い」によって、各自の成長を目指している。
 (4)教師としての視野、識見を広めるために、県内外の研究者、実践者との研究交流を行う。
 (5)研究の成果を教育会・長野県教育に還元するために、『信濃教育会教育研究所研究紀要』等による成果の報告、3年目に行う県下4地区での研究発表会等で報告と協議を行っている。

5.研究所のあゆみ(沿革)
昭和18年
   -教育研究所の創設に先だって,県独自の現職教育制度である内地留学制度が発足。県視学清水利一の「教員を現職のまま勉学修業させる道を開きたい」,
   それは「長野県教育の進展に不可欠のことである」との提言を,県出身の岩波茂雄,西尾実,務台理作等が支援し,県教育行政担当者の協力により先駆的な現職教育が実現。
昭和22年4月
   -終戦後,「信濃教育会は,独自の構想のもとに教育研究所を創設すべきである」との意見が会員の間に高まり,清水利一,上條茂,久保義幸等からなる設立委員会により,
   「県内に根をおろし,現場の実践的課題を研究対象とする,現職教育の場」としての教育研究所を,信濃教育会と県教育委員会とのパートナーシップのもとに創設。初代主任は小出武。
昭和23年
  ‐教育研究所紀要の発行開始。
昭和24年
  ‐県教育委員会より委嘱さる「長野県カリキュラム実験試案」完成
昭和25年8月
  ‐新築された出版部の階上へ移転。
昭和26年4月
  ‐専任所員、長坂端午着任(所員制確立)。
昭和27年4月
  ‐初代所長に長坂端午就任。
昭和31年4月
  ‐教育研究所新館落成。
昭和32年4月
  ‐主任に浜田陽太郎就任(所長欠員)。
昭和34年
  ‐教育研究所年報の発行開始。
昭和35年4月
  ‐第2代所長に上田薫就任。
昭和39年7月
  ‐研究所設立以来の研究業績に対して、第13回読売教育賞を受賞。
昭和44年6月
  ‐第3代所長に五味美一就任。
昭和58年6月
  ‐信濃教育会新館落成にともない同館4階へ移転。
昭和58年7月
  ‐旧教育研究所の解体完了。
昭和63年
  ‐教育研究所年報の発行開始。
平成3年4月
  ‐第4代所長に上田薫就任。
平成6年4月
  ‐第5代所長に松林大就任。
平成7年4月
  ‐研究期間を2年間とし、1年次は研究所、2年次は各在籍校において研究、3年目に研究発表を行う体制となる。
平成11年4月
  ‐第1部門第2部門、統合して事業推進。
平成13年4月
  ‐第6代所長に稲垣忠彦就任。
  平成13年7月
  ‐公開研究会開始。
平成15年1月
  ‐我楽多文庫開設。
平成15年
  ‐土曜の会開始。
平成16年
  ‐県下四地区での研究発表会と同日同会場で公開研究会開催。
平成18年4月
  ‐研究所研修員派遣停止(第60期0名)。
平成19年4月
  ‐研究所研修員派遣復活(第61期8名)。
平成20年
   - 第60期不在のため、2年次(61期)とOBによる発表会。
平成21年
   - 研修員派遣停止後、初の3年次(61期)による発表会。
平成22年
   - 夏の公開ワークショップ、所期の目的を達し本年をもって終える。研究所運営規定改訂。
平成24年4月
   - 第7代所長に佐伯胖就任。
平成25年8月
   - 実践を語る会開始。
平成28年4月
   - 教育研究所開設70年目を迎える。教育研究所研究紀要第20巻発刊。
平成28年5月
   - 関東地区教育研究所連盟長野大会で研究発表。

6.担当・お問い合わせ
信濃教育会教育研究所
電話:026-232-7169
FAX:026-232-1188
E-Mail:kenkyujo@shinkyo.or.jp

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